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自己管理で人生を切り開け

ゴミがなんとかして自己管理で這い上がる日記

こじらせてるか?

俺ってやっぱこじらせてんの?

でも
コンプレックスが無いと走れなくね

自分のこと

 

書き殴ります

 

ツイッターから今離れている状態です。

 

自分のことを書きたいので書き殴ろう

 

今0時過ぎ。誰もいない研究室。

煙草を吸ってきた。

 

外でカップルが肩を寄せ合っていちゃついてるのを見て少しイラついた。

 

 

自分のこと、結局よくわかんねぇなぁって思う。

まぁみんなわかんないだろうけどさ。

 

遠くまで来たなあと思います。

距離的にも、成長の度合い的にも。

 

どこまでいけるのかな?と思います。

 

もうきっと無理だと決めつけることはないと思う。

 

東大だって、ハーバードだってその気になればいけるんだろうと思う。

 

やる前から無理とはもう思わない。

 

えーっと。なんだかなぁ。

 

考えることが多い。

 

 器用な人間にみられる。

実際まぁ器用にやってきたかなぁと思う。

 

なんだがまるで生まれつき得てきたもののように話されるのがいやだなあと思う。

結果には即効性がある。肩書きには説得力がある。

 

結果を出す前に語っていけないこともわかる。

 

けど、いつだって自分の心を振り返ってる時に残っているのは本当に過程ばかりだ。

がんばったなぁ、と思うし、まだいけるな、と思う。

 

ディブというのですが分人というやつです。

先輩の前の自分。親の前の自分。バイトの自分。

そういうものが寄せ集まって一つの自分を作っていて、本来の自分は存在しないというやつです。

 

コンプレックスが強いと思っていたから、できれば放置しないようにやってきた。

肩書きも増えた。まだ増える予定だ。

あぁ、うまく言えない。

 

こじらせていると自分のことを思うが、こじらせているという言葉に自分を落とし込むことにとんでもない違和感を感じるし、

 

学歴や功績で自分を判断されることに違和感も感じる。

 

めんどくさいので予防線は張りません。

 

えーとなて言えばいいかな。

どのレベルで語ればいいのかなぁと思う。

たとえば学歴の話。自分より上の人間にウッってなるときもあるし

別にかんけーねーと思うときもある。

 

逆にマジ低学歴ってこんなんなんだなぁって思うときもあれば

そんなんかんけーねーよなって思う。

 

結構みんな挑戦しないもんなんだなって思う。

小さい地元で集まった時に、何十年も前の中学教師の話で盛り上がったり

イオンっつーの?マイルドヤンキーっつーの?多いんやなぁって思います。

 

俺もそういう世界で生まれてきたわけで、逆に上には上がいるわけで、

なんというか世界は広いなあって思う。

どこまでいけるかわからないし、自分で決めるんだけど、そういう変化に弱い人ってすごく多いんだなって。

 

ゆるい幸せがダラダラと続いたところで地獄だと思ってしまうんだけれども。

 

いや、何が言いたいのかわからないけど、なんていうか最近はてな界隈でかつて使われていた低学歴の世界・高学歴の世界というあの用語を思い出す。

 

低学歴の世界から出てきたから。

コンプレックスにまみれてきたから。

 

キャラクターを演じることの違和感、そういうものが積み重なる。

 

少しづつずれていく。

 

どのレベルで会話を運べばいいんだろう。

 

なんていうか、違和感が積み重ねる。映画を見ているみたいなね。

 

ただもうかかわりたくねぇなって人間は増えた。

変化をダラダラ拒んで、緩い幸せにしがみつく人間はもう正直馬鹿にしているし関わりたくない。

 

もちろんそれが個人の幸福だし、話せばわかるだろうけど、話す必要性はないなって。

 

熱中させてほしい。そんなこと考えなくてもいいくらいに。

 人を小馬鹿にする暇もないくらい毎日に打ち込みたい。

 

上へいけばあるんだろうか?好きじゃなきゃ幸せってなれないもんですかね?

 

役割を演じるのがしんどいね。

 

恋人という役割や飲み会でキャラという役割を与えられたときに

その役割自体をこなすために役割に沿っていく感覚。

 

それに似ている。ずれていく感覚が。

 

まぁ今そう思うだけで、そういう気分なだけで、

ただ猫かわいい!とかご飯おいしいとか!ラッスンゴレライ最高!ってのもあるんですけど、こうやってちょくちょく違和感を感じるなぁ。

 

このままだと、なにかな。いくだけ上まで行ってみてさ 下を見下すだけの人間になっちゃいそう。

 

やだな、そんなの。エモくない。

 

ちゃんと夢中になれないと 必死になれないと そういうくだらない価値で自分の足場にしがみつくようになる。

 

レッテル張りはいやだけど。張られるのはもっといやで。けど他人に張ったレッテルで俺は考えるし。一貫できないなって思う。

 

偉人の言葉はあるけど、ただ茫漠と前に現実だけが横たわっている。

 

脳は冷静に作業をこなす。アルコールを飲めばよい、不快な言葉にはイラつく。

 

なんていうかな、そういうのを超越したいなって思う。脳が邪魔だ。

あるいは何も考えたくない。

 

俺さ、すごい人間は人格もすごいと思ってたけどそうでもないね。

みんなちゃんと人間だね。

 

まだまだゴミだなぁ。俺。

結果と人格は関係ないですあんまり。

 

 

いつか自殺するかもしれない。いつかはわからない。明日かもわからない。

正直うまくいっている。大体のことは、安定はこの先にある。

 

太宰に似ている。ぼんやりとした不安からいつ頭を拳銃で打ち抜くのか不安で仕方ねぇ。

 

夢中になってないと、自殺してしまいそうだ。

飯やセックスや金だけで生きていける人間がごまんといるのに

 

ある程度うまくいってんのに自殺しちまいそうなのは脳がばぐってるから。

他人のコンプレックは安易に語れないよね。

 

飽きたら死ぬか。

あと、降下しだしたら死のう。

 

よくわからんけど、逆にこんなん知りたくなかったかな。

マイルドヤンキーみたいに生きれたら幸せだったかな?

 

みんなそうじゃないだろうけどね。もちろん自分の心しかわかんないからさ。

 

ある瞬間に一体感を感じるけどね。そういい一瞬のためにやってんのかな。

結局通信であって一体感ではないのだけれど。

 

まぁ、もうちょい。

んーどうしよう。

 

特にねぇ、不満もないけどいつか、わからんけどホントさくっと死ぬかもな。

 

まぁそういう脳なんだわ。

自分のつらさは自分自身のもの。他人に死なれたら悲しいが

俺のこのコンプレックスは自分だけの物で。

 

馬鹿にしないでちょうだいよ。

あんたが思ってるよりこじらせてるわけじゃないのよ。

 

こじらせてるって言葉にはめこんで考えちゃだめよ。

 

あんたのつらさもあんた自身のものなんだがら

 

大事にしなさいな。

 

ママより。

コンプレックスを加速させろ

頑張る原動力ってなんだ

 

他人の為?

応援してくれる人のため?

好きな人、喜んでくれる人のため?

 

いろんな理由がある。

 

俺は違う。

 

今までそんなキラキラした感情で結果を出せた事はなかった

 

 もっとこう、ドス黒い感情、コンプレックスだった。

 

 編入受験期の俺の内面の口癖は 「コンプレックスを加速させろ」

 

こんなゴミみたいなところにいてたまるか、俺とあいつらは違う

 

そう思って

周りのダラダラと進学も就職もせずエスカレーター式に高専専攻科と名づけられた

逃げ道へ向かう同級生たちを心の中でなじっていた。

 

 

成績も底辺で、お前にはムリだろう とそんな事を担任にも言われて

クソ、見返してやる お前らとは違うことを証明してみせる

 

そんな事を思っていた。

 

今はどうだろうか

 

現状に満足してしまっているんだ

 

 すっかり性格が丸くなってしまったおかげで、周囲への呪詛をはかなくなったおかげで ドス黒いエンジンを回すことが出来なくなってきた

 

それでもやるしかないんだ。

想像しろ

 

来年の今の自分を

 

次は全部自分にかかっている。

かじりつけ、掴み取れ。

 

 嫌なら楽しめ

 

選んだのは自分だ。

 

受け入れろ。

 

もう一度 もう一度だけでいい。

頼むから周ってくれ俺のコンプレックス

 

こんな事で満足しないでくれ。

楽しく頑張れたことは今まで無かった

 

いつだって死ぬほど辛くて絶対殺すって思って、そうやって頑張ってきた。

 

結果が出るなら原動力は何だっていいんだ。

 

回せ、回せ、周れもう一度。

 

楽しめるわけがないんだよ それでもやれよ

 

 コンプレックスを もう一度 加速させろ

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に体調が悪かったんだな、俺

昨日は2時間だけやって体調の回復に全力を尽くした

 

さっき起きたばかりだが、起きて10分もせずにブログを書き始めてるのは俺の中ではいい証拠。

 

ブログが起動の合図なので。

 

いいからやれよ、それ以上考えるべきことはない。

 

 

 特に処方されたステロイドの発作止めが効いている

最近ずっと朝方に喘息がおきるせいで何時に寝ても朝方に起きてしまい睡眠の質が低下して発作の起きない昼寝を挟んで夜寝れないという本当に悪循環だった

 

また、昨日はビクトールフランクの夜と霧を読んで少し気分のリフレッシュを計った。

 

やっぱり読書は大事だなって思った。

質の低いネットの毒情報をいれるくらいなら、起きたらまずニュースや読書の価値の高い情報をいれる必要がある。

 

少し、フランクの言葉を引用しておく

 

苦悩を超越しなければならない。意味のある仕方で苦悩する事が出来るのは何かの為、誰かのために苦労するだけである。つまり苦悩は意味で満たされるためには、自己目的であってはならない。自己目的になったとたん、どんな苦悩への覚悟、犠牲への覚悟もマゾヒズムに転化してしまう、意味に満ちた苦悩とは 何かの為の苦悩なのである。

私達は苦悩を受け入れることによって苦悩を思考するだけでなく苦悩を通り抜けて苦悩と同一でない何かを思考する。苦悩を超越するのだ

 

人生が人間に問いを発してきている。したがって人間は、人生の意味を問い求める必要は無いのだ。人間は寧ろ、人生から問いかけられているものなのであって、人生に答えなくてはならない。人生に責任を持って答えなくては成らないのである。

そして人間が答えるこの答えは、人生からの具体的な問いに関する具体的な答えでなくてはならない

 

フランクは愛こそ

という語り口で「実存的空虚」=満たされているはずなのにどこか虚しい

という事について語った。超越であり、超越することで人生からの問いに答えられるのだと。

 

陳腐な話だが、愛こそ というのは美しいな と思った。

 

俺は今まで色んなことを科学で分析することが多かった。

人を愛する という気持ちは愛で遺伝で ドーキンスに言わせれば遺伝子の乗り物である遺伝子の戦略である と

 

しかし、何でも科学で片付けるのはやめよう。

結局科学というのは俯瞰体系である。俯瞰のしすぎは人生をつまらなくする。

科学という主語肥大化のツールは少し、使うには強力すぎる。

 

そして、苦悩こそが実存的空虚に対する超越であると

 

俺は愛されてると思う 友達からも 周囲からもきっと愛されている

 愛されていないとしても 何かが俺を待っていると思う

それは人かもしれないし、なすべきことかもしれない

俺抜きではあり得なかったことが人生の先で待っている

 

愛情は強力なツールだ。やる気をぎゅんぎゅん引き出す。

 

今日は気分がいい。

天気も久々に少し晴れ間がのぞいている。

 

薬の服用をやめておこうと思う 

SSRIは脳内のセロトニン濃度をあげるわけだが、逆にセロトニンが出すぎて

ドーパミンが抑制されてリラックス過多になっている気がする

なのでセロトニン症候群といわれるやる気喪失状態な気もする。

 

さて、今日も楽しもう。

13時から勉強をします。

 

13時から研究室行ってやろうかな。あんまり家にいすぎるのもよくない。

環境を変えよう。

 

8時間、こなします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調子が悪い

体調が悪い

 

ぜんそくの発作が最近ひどく、夜も朝方に起きる発作のせいでまばらな睡眠になっている

頭痛がひどいのでとりあえず病院に行ってぜんそくの薬と風邪薬をもらってきた

どちらにしろ生活の基本がおろそかになっていることを感じる

 

睡眠・食事・運動これがきちんと成り立っていないことを感じる。

し、精神的にもあまりよくない

最後のTOEICが近づいて、模試をやっても結果が出ずに

 正直言っても「やっぱ俺じゃ無理なんだろうな」という諦念が頻発している

 

あきらめても仕方なく、結局やるしかないなんてわかっているのに情けない

最近は逃避も激しい。

 

言い訳は死ぬほど浮かんでくる 携帯を触る時間が増えた。

 

 

あぁ、このままじゃだめだ。

そんなことはわかっているのに体が、という感じ。

 

外部からの刺激が必要だと思う。家にいるとだめになる。

携帯を触る無駄な時間を図書館から本を借りてきてそちらの集中力に当てたいと思う

 

多少本を読むことで意識は改善する。

 

あと、環境だなんでもいいから研究室にいこう

 

ちゃんと集団にいる実感がないと本当にだめになる。

 

今研究室で書いている。なんでもいいから、やります。

体はしんどいけど、精神は関係ない。

 

ただ前に進め。

どうやら俺は「集中したい」らしい 自己のADHDへの分析

昨日はやる気というか焦燥感というか、ケツについに日がついてぶっ通しで8時間こなした。

本当にしたいことがあるともう全てがどうでもいい。

集中スイッチが入ると他人のとのかかわりが嫌で、飯を食うのも億劫になる。

 

もう放っておいてくれよ、ってなるのだ。

 

そうして今日も中々やる気に火がつかず、昼寝をこなした後ネットの情報を転々としていたのだが、自分の中で大きな発見があった。

 

「俺は集中したくない、勉強したくない」のでなくて「集中したくて仕方ない」のだ。

 

ネットの情報を常に転々としているときの俺の集中力はおよそ20秒ほどで転々としている。ツイッターとか、記事とかはそうだ。

 

しかし、ネットサーフィンで時間が一瞬で過ぎるかといえばそんな事はなくて、案外長く感じる。

 

他人にかまったり意識が行くのもこのせいである、集中できる何かを探しているのである。

つまり、集中力の向ける先を探しているのであるが、他人に構う事に正直集中力や目的、意識は必要ないので無駄に時間を使うことだけになっている。

 

あるいは対人関係において何か目的意義があるときは一瞬で時間が過ぎる。

 動画を見ているときや映画を見る、特に実際に脳を使って手を動かす作業は本当に一瞬に感じる。

 

俺が日常生活の中で唯一能動的に毎日やりたいな、と思うのはブログを書くことだ。

 

これは素直に打ち込める。

 

ブログを書いていると時間はあっという間に過ぎるしどんどん内容が書ける。

内容を推敲するわけではなくただ書きながら機械的に溢れてくる。

 

 

なんか、上手くいえないんだけど

俺は逆に集中したくて仕方なかったんだ。

 

ゲームをするのもTVをつけるのも音楽を聞くのも

集中したくない からではなく その物事に集中したいから であった。

 

つまり、気を散らしながら逃げているのではなくて

集中できる対象を必死に探している状態 であったらしい。

 

しかし、ネットサーフィンに目標はあるだろうか?

無い

 音楽鑑賞に目標はあるか?

無い

 

まぁ最近は自分のADHDっぷりを試みて、今日印象的なことがあった。

これのおかげでさっき言った事に気づいたのだ。

 

今朝は予約していた保険管理センターで禁煙プログラムの受付に行ってきた

(ちなみにニコチンパッチを貰うなら心療内科の先生から許可を取ってきて欲しいといわれたのでまたプログラムの開始は延期になった)

 

で、そのときたびたび診療室で待っててねといわれて5分ほど待たされることが5,6回ほどあった。

 

それで医師が出て行って部屋に待たされるとそわそわして部屋を意味無く動きまわったり、注意書きをいったりきたり読んだり貧乏ゆすりしてみたいと集中力の無さ、じっとしていられない事をとにかく実感した。

 

特に俺がニガテなのは予備知識のある、既に知っている内容をもう一度口頭で説明されるのを黙って座って聞いているという物である。

 

なので、以外と自分の知らない分野に関しての授業や課題は集中して聞ける。

逆に知っている内容の授業はつまらなくて仕方ない。

 

喫煙の害について話されているときめちゃめちゃそわそわした。

 実際には多少指を動かすとか、足を頻繁に組みかえる程度なのだが内心はめちゃめちゃそわそわしている。

 

それでまぁ数分の時間がめちゃめちゃ長く感じて、あぁ俺集中力無いなぁだなんて思って相手にこの態度は無礼だしどうしたら落ち着いているように見せられるだろうか?と感じた。

 

相手の目元を透過した奥にパソコンがあるのが見えた。

なので、そのパソコンをじっと見て通気孔の数を四則演算してみたり、ボタンの配置や配色・工学・あるいは芸術的に考えるとどんな意義があるのか という遊びをすることにした。

 

 

すると先ほどまでの落ち着きの無さはどこにいったのやら、心も落ち着いてじっと相手の話を聞くことができた(聞いていないのだが不思議と返答を求められる場面では返せる程度に意識を割いておくことができた。)

 

ADHDの症状について

集中困難・過活動・不注意などの症状が通常12歳までに確認されるが、過活動が顕著でない不注意優勢型の場合、幼少期には周囲が気付かない場合も多い。

年齢が上がるにつれて見かけ上の「多動(落ち着きがなくイライラしているように見える)」は減少するため、かつては子供だけの症状であり、成人になるにしたがって改善されると考えられていたが、近年は大人になっても残る可能性があると理解されている。その場合は多動ではなく、感情的な衝動性(言動に安定性がない、順序立てた考えよりも感情が先行しがち、論理が飛躍した短絡的な結論に至りやすい)や注意力(シャツをズボンから出し忘れる、ファスナーを締め忘れるといったミスが日常生活で頻発する、など)や集中力の欠如が多い[2]。遺伝的な要因もあるとされるため、症状は育て方や本人の努力で完治することはないとも言われている[12]。近年では成人にADHDを認めるべきと考えられている。[13]

 

 

と、俺もファスナーを閉め忘れたり シャツがズボンから出ていたり、靴紐が甘かったりと細かいミスが多いし とにかくまぁ顕著なのは多動だろうと思う。

 

俺の多動が顕著なのは中学高校にかけて、特定のグループに属さない、

帰る相手が毎回違う という事であったと思う

 

俺はいつもグループで帰るのではなく、見かけた順に顔の知っているグループに飛んで行き、そこで5分時間を潰して走り出して前のグループで5分時間を潰す という飛び石のような下校を続けていた。

 

また、授業中の演習中も本当にウロチョロしていて、うろちょろするな と怒られた。

 

 なるほど、この集中力の散漫は逆に集中できることを探していた という行為から考えると非常に納得がいく

 

そういった先天的異常の結果、ADHDでは前頭前野、海馬、偏桃体の機能が低下するといわれている。

海馬は記憶をつかさどる。刺激に対する重要かそうでないかの判断ができにくくなる。あらゆる刺激に反応するため、集中力が欠如する。

偏桃体は好き嫌いや、出来事や物事の安全か危険かを判断する。ここの働きが鈍いと刺激に対する安全かそうでないかの判断ができにくい。

前頭前野は情報から行動を判断をくだす。情報を選択する能力が低下するため、過去の経験を生かしたり、周りの状況を考えた行動が出来なくなる。KY、空気の読めない人間になる。

 

しかし、実は逆に活発になっている部分もある。

 

それが視床下部

視床下部が活発になると、はやりたくないことは全くやらない、だけどやりたいと思ったことは一心不乱に集中する

 

 完全にコレだな、と感じた。

いつも勉強を始めるときにとにかくとりかかる方法として好きな音楽をかけながらタイマーを5分だけセットしていやいや気分を盛り上げて5分だけとりかかるのだ。

 

そうすると大体5分もすればスイッチが入って音楽はうるさいので消し、タイマーも延長するのが毎回だ。

 

最近ではそのスイッチの入れ方 みたいなのが少し感覚的につかめてきたような気がする 少し精神を前のめりにすることでスイッチが入りそのことに集中できる感覚が身に付いた。

 

思えばこれは本当に納得がいく 俺がこれだけ長文を書いてしまったり 哲学やら社会学やら色んなことをかじって 情報の波に飲まれて 自分の中で異常な量まで考えことをしてしまったのはこの「集中」が内面に向いていたのだ

 

つまり、俺は常に集中できることを探し続けていて その対象として内面に向かっていたのではないかと思う。

 

おかげで周囲のウェイみたいなのとは大きくギャップが生まれ、独特の視点や考え方を持つようになったように感じる。

 

 

これは本当に生まれつき持った物であると感じる

俺は音楽に興味が無い なぜあんなにバンドやライブを信仰するのかは本当に理解できかねないし、この世からバンドが消えたところでへーってな感じだ

というか音楽鑑賞の方法がよくわからない、音楽への集中の仕方を知らないのだ。

だから音楽に興味が無い。

 

逆にBGMは好きだ。なぜなら俺は音楽を聞いているときに歌詞を追うことができない

何度聞いても歌詞を意味として捉えることができない つまり音楽を脳内で音楽と処理しているときに同時に言語という意義を捉えることができない→シングルタスクに特化していると言える。

 

初めて俺が死について考えたのは4歳程度だったように思う

死んだら天国に行くと教えられ、永遠に天国だといわれた

そうなると永遠というのは最も地獄ではないのかー?

その思考のド壷にはまってしまい眠れなくなり泣きながら両親の寝室を訪れ生まれ変わりという概念をしって一旦決着をつけた。

 

5歳のときのお誕生日カードを以前発見したことがある。

ぐにゃぐにゃの読めない文字で「いきるってなに」と記されていた。

 

以上からこれは完全に先天性のものであると感じる。

あまりADHDをいう枠組みを与えるとそれに役割かするという事を重々承知しているのでそれに対してはハマらないように距離感を保つ必要がある。

 

面白い。書いていてどんどん自分のことが紐解けていく。

 

さて、全く興味が無いだろうが自分の備忘録の為にも自分の対人関係について分析を兼ねて記しておく。

コミュ力という物についてた。

 

俺はコミュ力という物について言えば正直いっておそらく平均より高い。

 プレゼンは得意だし、喋りながら次の内容を展開することができるのでテーマさえ与えられれば、あるいは与えられなくても一人で一時間程度は喋ることができる。

 

しかし、俺が対人関係においてニガテな物がある

それが、「集団での役割をこなす」という事である。

 

飲み会がニガテなのはこれに顕著である。

飲み会では俺はいつもはじっこらへんでポツンと取り残されて静かにしている。

 

複数の人間がいるとどこに集中の意識を向ければいいのかわからないのである。

重要なのは全員に気を配り、満遍なく役割をこなすことであろう。

つまり集中力の散らしが重要なのである。

 

これが全くできない。

ゆえに今までグループに属すということがてんでできなかった。

 

しかし、1対1の対人関係 これは非常に得意である。

なぜなら向ける意識は相手だけでいいのである。

 

そうなると非常に上手くコミュニケーションを運ぶことができる。

まぁこんなん書くと叩かれるだろうが、わかりやすく言えば俺は

 

集団の中ではモテないが、個人として対面する場合においてはモテる

というのが顕著だ

(ここで言うモテるとは受動的な相手からのアプローチではなく、自分から相手をひきつけることができるか?という意味であり異性を自分の物にするという事ではなく同性も対象としている)という意義であることを断っておく。

 

俺と個人で対面したことがある人は知っているだろう、そのときは俺は非常に生き生きしているが集団の中に放りこまれると自分の役割を考えることができなくなり沈黙する。

 

個人で対面するときの俺は非常に生き生きしている、元から相手の内面に興味を持つ性分であるがゆえに、何の根拠もないが相手の感情が全て抜けてくるようにすら感じるときがある。

 

声のなんてことない抑揚や、ほんの小さな動作や表情の瞬きが異常に目につくし そこから無駄に蓄積された知識からフル稼働して展開を捉えることが出来る。

逆に集団ではこれはできないのでいつもだんまりしている。

 

つまり 集中先と動機をマッチすれば俺は無限にそれに向かって行けるという事を示している。

 

集中力が無いのではなくて 完全な動機づけが自分で今できていないのだろう。

 

バイクが欲しいと思ったときは鬼の集中力で欲しいと思い立って0から金をためて免許を取って現金で買うまで三ヶ月しかかからなかった、家に帰って毎日調べてチャリに乗りながららギアチェンジのマネをして夢にも出てきた

 

あれは完全に目標が定まった集中状態であったと思う。

 

このブログがいつも長いのはこの理由だろう。単純に好きで、長い。

ここまでほぼノンストップで書いている。

 

んで、今急に飽きた。

 

また相変わらず意味の無いことに時間を費やしてしまったが自分の中で納得が言ったのでよかった大体1時間ちょいは鬼のように集中できるようだが ブログには目標や達成感が無いのでその程度っぽい。

 

何か目に見える形で結果を示して確信できれば恐らく俺は8時間程度は勉強できるっぽい、現にそうだった。

 

だから、大事なのはとにかくやることと集中力を分割させずにいっきに詰め込み

それを毎日詰め込み 予定通りにこなすことであることがわかった

 

なので、はい、今日もずっと集中できることをさがしていので、今から勉強に向かっていきます。

では。また無駄な時間を使いました。

 

 

 

 

 

 

 

本格的な準備

とりあえず本試験に向けて院生からもらった資料を印刷しようと思ってPDFをみていたら笑いそうになった

 

データだけで1.2GBある。HDエロ動画じゃねえんだぞ。

 

暗記のページだけ見ても軽く400ページほどあった

なんだこれは。

 

まぁでも自分のやるべきことが明確に見えてきていいっすね。

やることとなすべきことがわかっているなら、それに向かうだけなのだから何も迷う必要はないのだ。

 

 

したいことがあるならそれにむかえ

困難があるほど成長できる

 

何も悩む必要はないんだ

 

やっぱ家にこもるのはやめよう。研究室で午後は勉強したほうがいいかもしれない。

ある程度の社会に参加している感がないと、自分自身がどうにもダメになっていく感じがしてたまらない。

 

 

印刷したらとんでもないことになるから勝手に研究室のプリンター使おう

 

うーんやべぇなぁ。

 

そういえば愛用していたnexus7が液晶が割れてぶち壊れてしまったのだが

やっぱPDF資料を見るさいに7インチタブレットは必須だと思うのでタブレットを買いなおさなければならない

 

memo padくらいなら1マンくらいで買えるかな

 

 いやタブレットは本当に便利だから買ったほうがいい。

 

とりあえずオクでタブレットを落とそう これがないと勉強にならん。

 

さて、今研究室でカタカタとブログを書いている。

昨日予定変更でゼミがあったらしいのだからアホだからすっぽかしてしまったので

教授の会議が終わったら頭を下げなければならない。

 

けど、今気候とエネルギー効率についての研究をしていて

海外からソフトウェアを拾ってきて教授に見せたらなんかウケがよくて

それの解析と翻訳を終えたので見せるのが楽しみだ。

たぶん喜んでくれると思う。このソフト以前は相当手間をかけて解析していたらしいし、やはり海外の研究は進んでいると実感するとともにある程度アカデミックな世界でやっていくなら英語は一生避けられないな と思う

 

日本の情報やソフトウェアだけではやはり非効率だ。

日本語がウェブ全体に占める割合はおよそ5パーセントしかなくて、英語が50パーセントらしい。今のウェブが10倍の広さになるかと思うととてもわくわくする。

 

さて、カタカタしていたら後ろの院生から白い目線を感じたのでそろそろ〆る

 

今日はちゃんと予定を立てるか。16時から4限なのでそれまで1時間こなして

4限は高専で履修済みだかが単位認定を受けなかったどうでもいい教科なので

そこで1.5時間こなす。

 

14:30-1h

16-1.5h

19- 3h

 

寝前 0.5h

 

とこなしていこう。院試資料を見る限りとてもじゃないが今のままの勉強時間では足りなさそうなのでとりあえず撫でてみて要領をつかんだら具体的な計画性をたてよう。

 

それでは、おそくなりましたが頑張ります